
マスコミ業界回遊日誌
2008.08.23
8月18日
オフィスで終日過ごす。本を作るのに必要なために、虫明亜呂無、岩川隆、山口瞳、浅田次郎、安部譲二、寺山修司、黒鉄ヒロシ、伊集院静、小林薫、長友啓典、高本公夫の、競馬について書いたりしゃべったりしている本を読み返す。
面白くて止まらない。競馬は人生そのものというが、いやはや人生よりなんぼか深くて難しい。
競馬に淫して40年以上になるが、やればやるほど、己の小心さに気づかされ、落ち込んでしまう。だが、達人たちは、競馬という大いなる謎に挑戦し、軽やかに遊んでいるのだ。いつになったら自分もその心境になれるのか。
今週こそ、今週こそはで、年暮れる、である。
8月19日
なかなか読み進まない芥川賞受賞作「時が滲む朝」(楊逸 ヤンイー著)を、それこそ、重い鉄の扉をこじ開けるようにして読んでいる。
今年ばかりではなく、このところの年中行事になっているのだが、どうして、これに受賞させなければいけないのかがわからない作品が、特に、芥川賞の場合、多すぎるのではないか。まさか、北京オリンピックの年だから獲らせたわけではあるまい。
選考委員のどの評を読んでも、この作品を激賞したものはないどころか、手厳しいものばかりである。
「単なる風俗小説の域を出ていない。文章はこなれて来てはいても、書き手がただ中国人だということだけでは文学的評価には繋がるまい」(石原慎太郎)「日本語を母国語にしない外国人の受賞は確かに画期的なことだ。だが、当然のことだが、そういったことは作品としての評価には関係がない」(村上龍)「小説の造りという点においても、あまりにも陳腐で大時代的な表現においても、前作とさして差はないと思った」(宮本輝)
どうしてこのような不人気な作品が受賞するのか。文藝春秋的商法といったらいい過ぎかもしれないが、話題を作り、受賞作品を掲載する「文藝春秋」が売れ、単行本が売れるのなら、手段は選ばないやり方が、かえって書き手を潰すことに繋がらないかと心配である。
楊氏を育てたいのなら、性急に賞を与えるのではなく、じっくり文章表現を学ばせ、大きく育ててからでも遅くはなかった。彼女に可能性を感じるからこそ、出版社側には、もう少し「我慢」してほしかった。
夜、六本木の焼鳥「鳥長」から始まって、赤坂のハワイアンレストラン、そこで教えてもらった小錦経営の店、東京ドームシティラクーア内にある「あんばらんす」という、ハワイアン&ちゃんこ店へ。
店内は明るく、ハワイの風景ビデオが流されている。8時半から小錦の奥さんだというきれいな女性が歌うハワイの音楽に、ハワイから来たと思われるフラダンサーが二人、見事なフラを見せてくれる。
ショーが盛り上がるに従って、お客で、フラダンスを練習している人たちもステージに上がり、大盛り上がり。
最後は、奥の席にいた小錦さんが、巨体を揺すり、ちょっと足を引きずりながら登壇。彼女と、これも見事な歌を披露。値段、ショーの盛り上がりも含めて、コストパフォーマンスのいい店だった。
ここで止めておけばいいのに、そこから、小石川方面へ歩き、竹早高校前の和食酒場でビールと焼酎。「こんなのんべに誰がした」か。
8月20日
3時に「マガジンX」の有賀香織さん来る。連載コラムとブログ「マスコミ業界回遊日誌」に付ける写真撮影のため。
夜、「ぴあ」の友人と川崎愛砂嬢と、早稲田の大隈通りにある「ママキムチ」で会食。
サービスデーなので生ビール一杯250円。豚足、豚キムチ炒めがおいしい。学生時代は、この通りにあった姉妹がやっている沖縄料理の店に、入り浸っていた。蛇味線の伴奏で島歌を歌いながら、沖縄の踊りを踊ってくれた。
あの頃、俺たちの仲間と、どんな夢を語り合ったのだろう。思い出せない。夢を語り合うよりも、カネがない、アルバイトがない、女がいないなど、現実を話し合うことのほうが多かったのだろうか。
往時茫々だが、この辺りの雰囲気は、あの頃の懐かしい空気が漂っている。
8月21日
銀座「ホテル西洋」で杉本彩さんインタビュー。“高級連れ込み”などといわれるホテルだが、入るのは初めてだ。
スイートだが、意外にこぢんまりしている。話を聞く前に、本の扉用の写真撮影。ダブルベッドに座って物憂い表情を浮かべている横顔が何とも素敵だ。
今日のインタビューは、もろSEXについて。「私は男のニオイが好き」「前戯で1回はいかせて」「クンニのできない男は嫌い」「アブノーマルなSEXも拒まない」など、過激な言葉が、美しい唇から飛び出す。まさに、昼下がりの情事のような、心ときめくインタビューだった。
8月22日
競馬の打ち合わせで、ライターの白石義行さん来る。
競馬談義はいつでも終わりがない。昔は、馬七人三といわれて、騎手の力はそれほど評価されなかったが、いまは、六四、または、五五ぐらい、騎手の力があるのではないか。武豊は、関西では強いが、関東に遠征してくるとなぜかあまり勝てないのは、関東の騎手たちの意地と、どうも、コース取りがイマイチ上手くないからだ。
いま一番乗れているのは、関東では内田、松岡、関西では、岩田、安藤勝。藤田もいいね。若いけど、三浦皇成(18)はよくなるなど、留まるところを知らない。
夜、中野新橋の割烹「てっぽう」へ行く。ここは二子山部屋(現貴乃花部屋)が近いこともあって、若貴もよく呑みに来ていたそうだ。若貴全盛時代は、私が編集長をしていた「週刊現代」や「フライデー」のカメラマンや記者たちも、張り込みの合間に、ここへ寄って酒を呑んでいた。
この日も、「週刊現代」のベテラン記者・中里憲保さんが奥の座敷で取材をしていた。
酒よし料理よし、おまけに還暦だというのに若くて気っ風のいい大将がまたいい。ゆるゆると酔っていく。
8月23日
午後2時半から、武蔵大学で開かれた「メディア研究会」(武蔵大学社会学部メディア社会学科・松本恭幸教授が主宰)で講演。
私が1999年10月に創刊したインターネットマガジン「Web現代」の話から、紙とWebの編集に違いはあるのか、市民メディアの現状と将来について話す。
私がインターネットマガジンを立ち上げようと思ったのが98年だから、カリフォルニア州でGoogleが設立されたのと同じ年になる。
2ちゃんねるは99年に西村博之氏が開設している。翌年の2000年2月に、「市民みんなが記者」をキャッチフレーズに、韓国で月刊誌「マル」の記者だった呉連鎬(オ・ヨンホ)氏が中心となって「オーマイニュース」が設立されている。
インターネットの可能性を信じて、世界中でさまざまな動きがあった時代だったのだと、改めて思う。
7時半から、代々木上原のこじゃれたイタメシ屋で、梨元勝さんと、メシを食いながら打ち合わせ。梨元さん、札幌で風邪を引いたというので、ノドの痛みをとるクスリをあげる。北海道は既に冬の季節の到来かと思わせる陽気が続いている。
東京も急に涼しくなってきた。夏の終わりというのは、いつも、ちょっぴり寂しい。
北京オリンピックで、「星野ジャパン」が韓国に敗れ、三位決定戦でアメリカにも敗れた。采配ミスも多かったようだが、選手があのように小粒では、どうやっても勝てないのは、最初からわかっていたはずではないか。
これが、「長嶋ジャパン」だったら、メディアはどう書いただろうか。ともかくお疲れさん、だ。

