雑誌ジャーナリズムの現場から

マスコミ業界回遊日誌

2008.09.15

9月8日(月)
 「日経ビジネス」の佐藤嘉彦記者、来オフィス。「オーマイニュース」を含めた市民メディアがなぜうまくいかないのかについて話す。
 夕方、高田馬場で、情報月刊誌「エルネオス」の取材で、「ベイジン」を書いた真山仁さんをインタビューする。
 真山さんは、前作「ハゲタカ」がテレビ化されるなど、売れっ子の作家だが、その作風は、ノンフィクションといってもいいほど、綿密な取材に基づいた物語を紡ぎ、われわれを楽しませてくれる。
 今回の「ベイジン」は、日本人の原発技術者が、中国の大連に建設される超大型の原子力発電所建設に関わり、その過程で、中国人との確執が生まれ、北京オリンピックが絡み、手に汗を握るラストへと、ノンストップ大作である。
 これを書くまでは、中国へ行ったこともなかったというが、構想を立て、二度の中国長期取材をして、完成させたという。原発の知識も、そうはなかったというが、原発内部の微に入り細を穿つ描写は見事である。
 中国とは一衣帯水。しかも、直下型地震の三分の一は中国で起きているのだ。2020年までに、4000万キロワットの電力を原発でつくるといっているが、もしそれが、地震などで、メルトダウンすれば、日本への影響は計り知れない。
 環境問題もそうだが、中国へ、もっと配慮しろと、口でいうばかりではなく、日本も、環境問題や原発開発に知恵も人も出して、協力していくことこそ大事なのではないか。真山さんも私も、原発については、できるならつくらないほうがいい派だが、中国が原発を増産することに対して、見て見ぬふりをするのではなく、100%近い安全が保証されるよう、口を出し、監視していくしかないのではないかという話しになった。
 夜、神楽坂の「加賀屋」で、伊藤さん、市村さん、段さん、曽我さんたちともつ焼き三昧。外へ出ると、土砂降り。ずぶ濡れになって、曽我さんの知っているカラオケスナックへ。相変わらず、お互い、代わり映えしない歌を、一人10曲以上がなり立て、気が付けば、午前様。

9月9日(火)
 4時過ぎに、朝日ニュースターの「南海キャンディーズ山ちゃんのジャーナルしちゃうぞ!」出演のために、「週刊朝日」編集部へ。
 何と!朝日の編集部の中に、机を一つ置き、そこへ、朝日の山口一臣編集長と山ちゃんと私が、横に並んで話すのだ。最初は少しまごついたが、話し始めれば、何とかなるものだ。1時間をノンストップで、報道規制の問題や、メディア自らの自主規制がタブーをつくる、ジャーナリストの覚悟などについて話し合う。
 山ちゃん、吉本の芸人だそうだが、若いが、なかなかしっかりしたところがある若者だ。中野に住んでいて、キャバクラ嬢とツーショットを「フライデー」されたそうだ。
 終わって、ふらふら銀座のほうへ来たら、昔よく来たBAR「TARU」が見えたので、ちょっと寄って一杯。その後、有楽町の外国人特派員協会のバーで、「日本インターネット報道協会」の定例会。「JanJan」の竹内さん、「J-cast」の蜷川さん、「オーマイニュース」から「オーマイライフ」に名称変更した平野さんなどが集い、これからの“活動方針”などについて、ガンガン呑みながら話す。

9月10日(水)
 午後、情報センター出版局にて、ここが開発した「多言語データベース」TAMシステムについて説明を受ける。なかなかすばらしいシステムなのだが、出版社がこれをどう使ったらいいのかが、もう一つわからない。だが、使い方によっては、面白いビジネスになりそうだ。
 夜、「ソフトバンク」の多田彰さん、堀田真代さんと会食。六本木の交差点を元防衛庁方向へ歩き、横町へ入ったところにある、素敵なイタリアンレストラン「トラットリア ダ 秋山」。
 ご夫婦と息子さんでやっているアットホームなレストランだが、出てくるお皿は、どれもすばらしい。中でも、大葉のスパゲッティがいい。
 多田さんは、「オーマイニュース」、現在は「オーマイライフ」だが、その取締役でもある。「オーマイニュース」在任中には大変お世話になった。まだ40歳で、コンサルタントが本業。若いが、これからの「ソフトバンク」を背負っていく一人になるだろう。

9月11日(木)
 夕方、インターノーツの井内秀明さんと10月に出す新書の打ち合わせ。
 夜、講談社の友人と会食。当然ながら、1月号で休刊する月刊「現代」の話しになる。唯一といっていいほどのノンフィクション専門雑誌の休刊は、ノンフィクション全体に与える影響も大きい。
 「ダカーポ」「論座」と次々に休刊されるが、「現代」の休刊は、ある意味で、ノンフィクションの時代の終わりを感じさせる。
 私が入社して、最初に配属されたのが月刊「現代」だった。そこのときが3年。「週刊現代」、「婦人倶楽部」を経て、また舞い戻って8年ぐらいいただろうか。
 今思い出しても、月刊「現代」は、若い編集者の勉強の場としても最適だし、その間に、人脈作りをしておけば、後々、それが役に立つ。
 私が入った頃は、本田靖春、柳田邦男、沢木耕太郎、立花隆と、そうそうたる人たちがノンフィクションの世界を広げ、調査報道のあり方を確立していった時代だった。
 この人たちと、ノンフィクションのあり方、方法論などで、酒を呑みながら、口から泡を飛ばして議論した日が懐かしい。ノンフィクションは遠くなりにけりか。
 講談社も含めて、経営的な理由だけで、ノンフィクションをこのままのたれ死にさせてはいけないと考えてほしい。
 それこそ、今流行のCSR、企業の社会的な責任である。どうしたら、ノンフィクションライターを育てていけるのか。真剣に考え、早急に、月刊「現代」にかわる、ノンフィクション雑誌をつくってほしいと、友人には、頼んでおいた。

9月12日(金)
 私の母校、都立杉並高校から同窓会便りが届いた。1期生にはフジテレビの日枝久さんがいる。同期の10期生のコメントにこんなのがあった。
 「今年3月で定年退職になりましたが、年金支給遅れのため、現在は再雇用で勤務中です。勤務時間は半分になりましたが給料は四分の一で、大学生の息子がまだ一人いるため、まだまだ生活が楽ではありません」
 私にも3人のパラサイト息子と娘がいる。他人事ではないね。
 夕方、「J-CAST」の福地浩司さん来オフィス。11月から始まる、週刊誌評の打ち合わせ。
 夜、神楽坂で、川崎愛砂嬢と、打ち合わせを兼ねて呑む。
 彼女の友人の企画を、出版プロデュースしてくれないかという依頼の件。一つは「バイセクシュアル」小説。テーマそのものは目新しくないが、彼女曰く、彼女と同年代の若い女性で、自分が「バイセクシュアル」で悩んでいたので、小説を通して、そうした「差別・偏見」を無くしたいというのだ。「この日本にも,世界にも,そうした差別は存在する。
 それがホモフォビア(同性愛嫌悪,同性愛差別)だ。私の志はホモフォビア・フリーな社会をつくること。もっと砕いて言えば,誰が誰を愛しても,愛さなくても,差別されたり,恥じたり,自己嫌悪したりしない社会をつくりたい」。志よし。
 もう一つは、英会話の本。それも、ベッドの上で、アメリカ人の女性とSEXを通して、会話を覚えようというものだ。
 こちらもうら若き女性たち。いやはや、女性が元気だ。

9月13日(土)
 夕方、表参道「ハレノヒ」で、今流行の「蒸し野菜」料理を食す。女性客ばかり。蒸籠で蒸した野菜を、アイオリソースやチリソースなどを付けていただくのだが、どうということはない。家でもできるものをカネを払って食べることはないと、食してみて、改めて思った。
 帰りがけに、私の英会話の先生であるミスター・コーリンさんのお嬢さんとバッタリ。日本人の奥さんとの、いわゆるハーフだが、山本モナをずっと若く、美しくした彼女に、思わず見惚れてしまった。

9月14日(日)
 銀座・松屋でやっている「白洲次郎・白洲正子展」を見る。こんなかっこいい男がいたなんて。正子の収集せし骨董品も展示。自宅を「武相荘」と名付けるセンス、いとおかし。

9月15日(月)
 太平洋クラブ成田コースでゴルフ。天気晴朗スコアはなはだ波高し。