
マスコミ業界回遊日誌
2008.09.23
9月16日(火)
中野「風月堂」でライターの服部みゆきさんと打ち合わせ。10月1日に、笛吹市で社会協議会が福祉関係者たちを集めた集会を開催する。そこでの講演を頼まれたので、補足取材を御願いする。
5時過ぎに講談社のI君来る。近くでいっぱいやりながら月刊「現代」の件や、知人たちの近況を聞く。
8時過ぎ、赤坂へ。猪坂豊一さんの懇親会へ出向く。そこで、講談社のD局長と会う。ここでも、月刊「現代」の休刊問題について話しが及ぶ。現代休刊でノンフィクションを書く場が無くなることはもちろん、ライターを育てる場所も無くなると同時に、ノンフィクションについての理解とスキルを持った編集者もいなくなるということだ。
この問題は、もっと、社内で議論を進めてから結論を出すべきだったと思う。赤字額でいうなら、「週刊現代」のほうが圧倒的に大きいのだから、そちらから潰すべきではないかという声が、社内にあるというが、講談社が、ノンフィクションにどう関わっていくのかが問われている。
9月17日(水)
篠田博之さんの「創」の座談会。月刊「現代」休刊でノンフィクションはどうなるかというテーマで、吉田司さん、魚住昭さん、吉岡忍さんと鼎談。
私が、月刊「現代」休刊までの経緯を話し、魚住さんは、自身が共同通信にいた経験から、新聞と雑誌の違いを、新聞と通信は「官情報」で雑誌は「民情報」だが、こうして雑誌がなくなっていくと、「官情報」ばかりになってしまうと危惧する。
吉田さん、吉岡さんは、ノンフィクション論で話しを広げる。
ここ10年でも、月刊「宝石」「週刊宝石」「噂の真相」「FOCUS」などが休刊し、それに代わる雑誌は創刊されていない。また、月刊「現代」朝日新聞の「論座」が休刊すれば、国民は、これまで手に入れていた多様な情報を少しずつ狭められ、手に入らなくなってしまうのだ。
国民=読者は、そのことの重要性に気付くべきだし、出版社は、営利ばかりに走るのではなく、社会的責任を果たすことを考えるべきだと思う。
終わって、吉田、吉岡さんと一杯呑む。その後、講談社のK氏と久しぶりに会食。月刊「現代」休刊問題があったわけではないが、講談社の連中と会う機会が多い。
「みんな悩んで大きくなった」という広告文句があったが、講談社も悩んで悩んで、次なる手を早急に打ってほしいものだ。
9月18日(木)
山梨県笛吹市へ。笛吹市の社会福祉協議会の中村悦子局長たちと10月1日の講演の打ち合わせ。
中村局長は、拙著「孤独死ゼロの町づくり」に書いたが、笛吹市に合併前の八代市の社協時代、福祉問題に積極的に取り組み、独居老人の孤独死をなくすために、消防署へ直接つながる「緊急通報システム」などを導入した人だ。
2時間ばかり打ち合わせして東京へ。
夜は、神楽坂下の「野上屋」という居酒屋で、西垣成雄さん、小林龍一さん、井上威朗さんら10人ぐらいと呑み会。
9月19日(金)
オフィスで終日原稿書き。8時過ぎ、「東寿司」で寿司をつまみに一杯。台風間近。雨、激しく降る。
9月20日(土)
テレビで競馬中継を見ながら原稿書き。狙った馬が、ことごとく写真判定の3着。つくづく競馬は難しい。
野村沙知代さんから電話。こちらが頼んでいた野村監督の対談のスケジュールが決まったとの連絡。ありがたい。
深夜、脱稿す。寝る前に、焼酎を一杯。
9月21日(日)
夜、近くのピザハウスへ行き、その店の名物だという何とかピザを所望し食らうが、何のことはなし。ワインもはなはだよくない。その上、隣にいたるアホ女二人、頭の上から金切り声を上げて騒ぎ、うるさいを通り越し、その愚談とともに、聞くに堪えず。ピザ残して店を出るが、雨、ゲリラ豪雨のごとし。
仕方なく、近くの居酒屋に入りしが、これまた、店の女主人、歳とりてやる気無し。くさやと新香を所望し、焼酎のぬるいお湯割りを呑むが、はなはだしく、これまた不味い。こんな日もあるかと、ようやく雨の上がった道を、とぼとぼと帰る。
9月22日(月)
オフィスで終日、読書。「病院で死ぬということ」(山崎章郎著・文春文庫)「在宅で死ぬということ」(押川真喜子著・文春文庫)「病院で死なないという選択」(中山あゆみ著・集英社新書)など。どれにしても、必ず来るそのとき、どのように覚悟したらいいのか、家族は、身内はどう対処したらいいのかというものばかり。一人でこのような本ばかり読んでいると、いささか滅入ってくる。
昔医者から聞いた話しだが、どんな人間でも、がんの宣告と受けると、必ずこういうのだそうだ。「あと10年生きられませんか?」。
50代でも、60代でも、90代でもそういうのだそうだ。人間いくつになっても死にたくない気持ちに変わりはないし、がんの場合、相当な進行がんでない限り、ある程度の時間はあるから、心の整理、身の回りの整理、などなど、やり始めたらきりがないことばかりだろう。突然死よりがんのほうがいいという人もいるが、どちらともいえない。
この日、自民党の総裁決まる。麻生太郎なり。この人物、吉田茂の孫だそうだが、家柄のよさ顔に出ず。なぜこれほどの人相になったのか? 週刊誌で追いかけてもらいたいものだ。テレビでいっていたが、この麻生氏の地元は、全国平均の4倍も生活保護で暮らしている人が多いとのこと。自分の頭のハエも追えない御仁が、国民生活を考えられるとは、とうてい思えない。
小沢一郎なる人物のほうが、人相がよく見えてしまうのだから、漫画を読んだとて国民的な人気を得るとは思えない。
9月23日(火)
夕方、ヘレン・メリルSAYONARAコンサートを聴きに、五反田のユーポートホールへ行く。78歳になるという老女、ヨタヨタと現れ、唄うも、かつて「ニューヨークのため息」といわれた声出るはずもなし。ニューヨークの「ブルーノート」で聞いたのが2002年になる。その後、日本でも聞いたが、年々歳々、唄同じからず。老女の後ろ姿に、ご苦労さんと一声かける。
終わって、目黒駅前の四川料理店「龍門」へ行く。本場四川の本格麻婆豆腐は食べなかったが、辛さはそこそこ。それにしても、嵐山光三郎さんたちと食した、北京の四川料理店のフルコースは辛かった。唐辛子炒め、火鍋、どれも、わずかしか手が付けられず、断念。願わくは、四川よりも辛いという重慶に行って、辛さを比べてみたいものだ。

