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3月13日
夜、ノンフィクション作家の朝やんこと朝倉喬司氏とミリオン出版の「実話ナックルズ」編集長の久田将義さんと会食。
その後、ゴールデン街を2店ばかり散策。酩酊した朝やんを残して、帰路につく。
3月13日
吉田司さん、吉岡忍さんたちと、もうすぐなくなってしまう新宿「滝沢」で、国民投票法案阻止の打ち合わせ。時間に行くと、いつまでたっても吉田さんたちの姿が見えない。どうも、日にちを間違えたらしい。アルツハイマーがいよいよ始ったか。
3月16日
中野の公証役場から立会人3人に来てもらって、親父の「遺言状」をつくる。ここ数年来のパーキンソン病、呆け、86歳。いやな話だが、いつ何時何があっても不思議はない年だから、知人の弁護士の薦めもあって、つくることにした。
意外といっては親父に失礼だが、立会人の質問に、はっきりした声で答えていた。
そろそろ、自分の「遺言状」もつくっておかないと、そう思う年になってきたことがちょっぴり寂しい。
3月18日
外人記者クラブで、元「東洋経済」の飯沼良祐さんと、昨今の日本のネオコン雑誌隆盛について話し合う。
文藝春秋の「諸君」、産経新聞の「正論」、小学館の「SAPIO」、そこへ花田紀凱さんの「Will」が参入。全部集めてもたいした部数ではないが、中国や韓国の「反日」の風に後押しされて、順調だという。
日本に一番欠けているのは、「リベラル」な雑誌がないことである。終戦直後あった同じ書名の雑誌を出したら、意外に受けるかもしれないよ。
その足で、資生堂で開かれている、山本容子さんと詩人の谷川俊太郎さんの息子さんで、作曲家の谷川賢作さんの「絵と音楽のコラボレーション」を聞きに行く。
3月20日
新宿「滝沢」で、国民投票法案絶対阻止の打ち合わせ。今度は間違いなかった。
3月22日
神楽坂の「アグネスホテル」で、今年の出版社の内定者、何人かに集まってもらって、私のホームページ「編集者の学校」で始める「雑誌ジャーナリズムの現場から」(略称「ジャナ現」)の打ち合わせ。
4月1日から施行される「個人情報保護法」について、週刊誌の編集長たちにインタビューしてもらうことを頼んだ。みんな、これから出版社でばりばりやろうと前途に希望を抱いている若人だから、目が輝いている。この輝きが、ガラス玉にならないようにしてあげるのが、われわれ先輩たちのやらなければならないことである。どいつも、いい編集者や営業マンになるはずだ。
3月23日
銀座に店を出した、新進マジシャン「都々(とと)」さんのお店に、単行本打ち合わせに、御庄員代さんと行く。
こじんまりとした小粋なマジック・バーで、打ち合わせの後、都々さんたちのトランプのマジックの妙技を見せてもらう。
いつもながら、「どうして、なんで」の連続に、店に来ている若い女の子たちはきゃーきゃー喜んでいる。
こうした手軽に手品を楽しめるマジック・バーがあちこちにできて、どれも繁盛しているようだ。見ているうちに、自分でもやりたいと思うようになるが、この不器用な手では、だめだろうな。
3月24日
環境破壊問題に警鐘を鳴らし続けている世界的なエコロジストであるレスター・ブラウンさんの講演会を聞きに行く。
夜は、昨年の夏、ソウルで取材中に脳梗塞で倒れ、危うく一命をとりとめ、苦しいリハビリに励んでいた、講談社の「Web現代」のフリープロデューサー・猪股仙筆さんの快気祝いに出席。
久しぶりに見る猪股さんだが、後遺症はほとんどわからないほどに回復していた。彼は、「Web現代」で一番のキラー・コンテンツ「宮澤正明の電脳写真館」を立ち上げた敏腕プロデューサーだが、ワーカーホリックで、ほとんど会社に寝泊まりしていたが、結婚して子供が生まれ、人生で一番輝いているときに、不幸が見舞った。
しかし、彼の持ち前のバイタリティーと強力な意志、それと奥さんをはじめとする周囲の温かい励ましで、難病を克服した。
私も彼の結婚に関しては、いささか関係があるので、元気な姿に思わず目頭が熱くなった。好漢・猪股、これからは無理をせず、いい仕事をしてくれと、みんなで花束を渡す。
3月25日
ホテルニューオータニのラウンジで、レスター・ブラウン氏をインタビュー。環境問題に詳しい枝廣淳子さんに、畏れ多くも通訳をお願いする。
以下は、経済誌「エルネオス」に掲載されたレスター・ブラウン氏のインタビューである。
メディアを考える旅
レスター・ブラウン氏は環境問題の伝道者である。ブラウン氏は20世紀後半を「膨張の世紀」または「飽食の世紀」ととらえ、21世紀は「水不足の世紀」だと警鐘を鳴らす。それに地球温暖化がこのまま進めば、世界の穀物生産は大きなダメージを被り、テロリズムよりはるかに大きな「飢餓の脅威」が現実のものとなるという。
穀物の自給自足をしていた国が急激な工業化は穀物の消費量を増大させ、耕地面積の減少をもたらし、70%以上の穀物輸入をするようになる。これをブラウン氏は「ジャパン・シンドローム」と呼ぶ。
食料生産には莫大な水を必要とする。世界の水の70%が灌漑用水として使用されており、「水不足が食糧不足につながる」と警告する。これからは、石油を巡って戦争が起きるのではなく、水を巡る戦争が起きると予告する。
今年2月に京都議定書が発効したが、大きな影響力を持つアメリカはこれを批准していない。将来の「フード・セキュリティー」は、農地の確保、灌漑用水の確保、牧草地の保全、そして温暖化防止にかかっているという氏の警告を、日本人の一人一人が真剣に受け止め、早急に対策を考えなくてはいけないのだ。
優れた通訳兼翻訳家で、環境問題にも取り組んでいる枝廣淳子さんに通訳をお願いして、来日したブラウン氏にインタビューした。
元木 新著「フード・セキュリティー」を読ませていただきました。多くの学ぶことがありました。これまでブラウンさんは地球の環境問題について警告や発言をしてきていますが、ここ10年ぐらいのスパンで見てみて、少しずつ良くなってきていると思いますか?
ブラウン 1996年にローマで世界食料会議が開かれた時、目標として2015年までに飢えている人の数を半分にしようと決めたんですが、実際には、あまり進捗をしていないどころか、問題が悪化しているということがわかってきています。この数年間で大きく食料事情が改善してきて飢えた人が少なくなってきたのは中国ですが、インドはあまり改善してません。アフリカに及んでは農業自体が弱まってきていますから深刻度は増しています。
元木 中国は急速な経済発展を成し遂げてきましたが、それと同時に砂漠化や水不足、電力不足が深刻になっています。
ブラウン 多分この10年間で、私が書いてきたことに一番注目をしてくれたのは中国政府だと思います。「誰が中国を養うか」という本を出した頃は、中国政府は穀物価格を42%上げて、何とか農業に対するインセンティブを与えようとしました。これは3、4年の間はうまくいっていたんですが、1998年に中国の穀物の生産量はピークに達して、それからは減り始めています。
元木 中国へは何度行かれました?
ブラウン 5、6回行ってます。
元木 このままいくと、この本の帯にあるように、「人口13億の中国が世界の穀物を買い占める日」がきますね。
ブラウン アメリカは世界の人口の5%ですが、そのアメリカ一国で世界の資源の三分の一ぐらいを消費しているといわれていました。それは過去においては確かに真実でしたが、今ではそうではなくなっています。今は中国がアメリカを抜いて、主な資源の最大の消費国となっています。今では中国はアメリカよりも多くの穀物を消費しています。それだけではなく、アメリカよりも多くの石炭を燃やし鉄鋼の消費量も上回っています。同じことが消費財についてもいえます。中国はアメリカよりも多くの携帯電話やテレビ、冷蔵庫を持っています。
ですから、中国のGNPがこれまでと同じように年8%の勢いで拡大を続けたとしたら、今から26年後の2031年には一人当たりの所得が現在のアメリカと同じ水準になります。その時の消費パターンが現在のアメリカと似たような形であったとしたら、大変なことになります。
まず、2031年の段階で、中国の穀物の消費量は、世界全体の三分の二を占めるようになります。その時点で中国の紙の消費量は年間で3億トンになります。現在、世界中で生産されている紙の量は1億5600万トンですから世界中の森がなくなってしまう危険性があります。また、石油の消費量は一日に9900万バレルになりますが、現在、世界中の産油量というのは7900万バレルで、これ以上、産油量を増やすことはできないでしょう。自動車について見てみると、現在アメリカでは、四人に3台の割合で自動車を所有しています。2031年の中国の人口は14億5000万人と推定されていますから、中国全体では11億台の自動車を持つことになります。現在、世界中の自動車は8億台ですから、それよりも3億台も増えるということになります。この11億台の自動車を走らせるために舗装しなくてはならない中国の土地を計算してみると、現在の中国の米の作付面積をすべてあわせたものに等しくなります。
中国のこのような進展から、私たちが学べることは何なのかというと、西洋型の経済モデルが中国では機能しないということです。西洋型の経済モデルというのは、化石燃料を使って自動車を中心に、使い捨ての経済です。これは西側諸国で起こり、アメリカで全盛期を迎えた経済モデルですが、このモデルは資源がないために中国では機能しないということが、幾つかの例からもおわかりになると思います。中国で機能しないとしたら、インドでも機能するはずがありません。2031年の段階で、中国よりもインドのほうが人口が多くなっていますから。
大切なポイントは、長期的には、産業化を遂げた先進国においても、これまでの経済モデルは機能しないということです。なぜなら、私たちは次第に統合の度合いが深まるグローバル経済になってきています。ですから石油も穀物も鉄鉱石も、同じ資源に依存しているんです。だから、われわれは新しい経済モデルを創っていかなくてはならない。それができなければ、経済発展を続けることはできません。これが企業であれ個人であれ政府であれ、直面している大きな課題だと思います。
元木 水不足というのも深刻になるんですね。
ブラウン 中国の指導者は、水問題にはかなり懸念を深めていると思います。水不足が拡がればフード・セキュリティに影響が出ますが、多分この問題は、そう簡単には解決できません。
元木 もう一つの大国アメリカは、この間発効した京都議定書を批准していません。ブッシュ大統領はあまり環境問題に対しては熱心ではないという評価がありますが、アメリカはどう変化していくのか?
ブラウン これまでのところ、アメリカのエネルギー政策は石油会社や石炭会社がつくってきましたが、この状況も変り得る可能性があると思います。例えば今、アラスカの石油を掘ろうという話になっていますが、石油会社はそれに対して、どちらかというと中立的な立場をとろうとしています。どれぐらいの石油がそこにあるかわらないということもあると思いますが、現代のように、国民が気候変動に対する懸念を増していて、氷が融けている、ハリケーンが増えているという情報は、毎日のように届いていますから、国民のものの考え方に影響を与えていることを考慮してのことだと思います。それは10年前のタバコ業界と同じような状況ではないでしょうか。当時、タバコ業界は喫煙と肺ガンの関係については一切否定をしていましたが、ある段階で因果関係があることが明らかになってきました。そうして、タバコ業界全体が信頼性を失い売り上げが落ちてしまった。同じような状況が、今のアメリカの石油会社にも出てきているのではないでしょうか。
元木 新しい経済モデルは何を中心に行われるのですか?
ブラウン 新しい経済モデルは、今よりもエネルギーの使用効率をグッと上げることになるでしょう。現在、気候変動に様々な状況が出ていますが、それを見ると、私たちは、今すぐ真剣に、この問題と取り組まなくてはならないことがわかると思います。これは京都議定書の話ではありません。京都議定書はもう既に時代遅れになっていると私は思っています。
最近の科学的な報告書を読んでいると、「世界中のあちこちで氷が融けている」と伝えられています。また、気温が上昇することによって穀物の収穫量にマイナスの影響が出ているそうです。だいたいの値ですが、気温が1度上ると収穫量は10%減るといわれています。
元木 今の石油エネルギーに取って代わるものは何になるんでしょう。
ブラウン エネルギーの効率を上げていく幾つかのやり方をお話をしましょう。一つはとても簡単なことです。古い効率の悪い白熱電球の代りに効率の良い蛍光灯の電球に替えていく。これだけで電力を三分の二減らすことができます。もう一つは、もし、アメリカが炭素の排出量を減らして石油に対する依存率を下げようというと決めて、ハイブリッドカーに切り替えれば、ガソリンの消費量を二分の一に減らすことができます。アメリカの平均的な自動車は1ガロン当たり20マイルという数字ですが、トヨタのプリウスですと、これを55マイルに上げることができます。このように「ハイブリッド」というのは、最新の自動車技術であると共に、エネルギー効率を大きく上げる技術でもあります。
ハイブリッド車というのは、いろいろな可能性を持っていて、例えばプリウスに二次蓄電池をつけて、直接コンセントから電気を充電できるようなプラグインの仕組みを取り付けたとしましょう。家の車庫でプリウスを停めている間に電気を充電できるようにする。そのようにしますと、短距離の通勤や買い物に行く車は、この電気だけで走らせることができるようになります。もちろん、週末に、200マイルから300マイルは走るという時はガソリンを必要としますが、ほとんどの車は電気で走るようになる。その時には、その電気を風力発電からとるようにしたら、まったく新しい自動車のエネルギー経済が誕生します。非常に効率の良い車両、そしてその燃料は風力からえる、そのような未来が訪れるということです。
元木 風力発電は期待されていますが、実態はどうなのですか?
ブラウン 1995年以来、風力発電量は年率30%以上の勢いで大きく伸びています。そのリーダー役を務めているのがヨーロッパですが、現在、そのヨーロッパでは4000万人が住宅用の電力を風力だけからえています。2020年には、その数が9500万人に増えるといわれています。また、最近出された風力関係のコンサルの会社の見積もりによると、ヨーロッパのすべての国が真剣にオフショアの風力発電開発を行なえば、同じ2020年には、すべてのヨーロッパの人々の住宅用の電気を風力発電からえることできるとしています。
風力発電が大きく伸びている理由は、豊富な資源であり安価にえられるということと、枯渇しないし分散型でクリーンで気候変動を起さないエネルギーであるということです。もし、アメリカで何千という風力ファンから安い風力発電でつくった電気を供給できるようになると、すべての自動車を風力発電で動かすことができるようになります。これはハイブリッドという自動車技術の進歩のお陰でもありますが、風力タービンの技術が非常に進歩してきていて、発電の効率も規模も大きくなっているからです。
元木 日本の企業もCSR(企業の社会的責任)に目を向けるところが増えてきました。
ブラウン アメリカの半導体メーカー「STMエレクトロニクス」という会社は炭素排出量をゼロにする「炭素中立」という操業をアピールしています。「デュポン」は、1990年に比べると、炭素の排出量を40%以上減らしています。このように、個々の企業で環境効率を大きく改善している所がたくさんあります。さらに大切な企業の役割としては、世界の経済の構造を変えるリーダー役を果たすことです。一つの例が「トヨタ」です。先ほどハイブリッド車の話をしましたが、この技術を導入することによって、世界の自動車エネルギー経済は大きく変わります。同じような例として、デンマークの「ベスタス」という会社を挙げましょう。この会社は風力タービンの製造や設計を行なっている会社です。デンマークというのは人口500万人という小さな国ですが、この国が今では風力タービンの製造で世界のリーダー役を務めています。
ご存じのように、「トヨタ」一社の利益はアメリカのビッグ3をあわせたよりも大きくなっています。このように企業活動が環境に好いだけではなく、経済的にも評価される時代になっています。ここにこそ、企業のこれからの差別化のカギが隠されていると思います。
元木 日本の風力発電が電力全体に占める割合はまだまだ小さいですね。日本は、あまり風力発電に向かないんですか?
ブラウン 日本は沿岸線が長いし山脈も多いから、風力発電の可能性は非常にあると思います。風力以外には、日本独特のエネルギー源として開発できる可能性があるのが地熱です。これだけの温泉が湧いているというのは、地熱が非常に豊かであることを示していますからね。
元木 企業だけではなく、政府も、発想の転換をしなければ、これからは生き残れませんね。
ブラウン 一つ、それを例示するような話をしましょう。1998年の夏、中国の揚子江で何週間にもわたって大変な洪水が発生しました。しばらくの間、中国政府はこれは自然災害であるといっていました。確かにモンスーンの季節でしたが、洪水の被害はこれまでにない大きなものでした。被害額は300億ドル、これは中国の米の収穫からあがる値段と同じでした。その後、中国政府は記者会見を行ない、このような発表をしたのです。あの揚子江の洪水は確かに自然災害であった。しかし、そこに人間活動の影響もあった。つまり、揚子江の上流で木を伐採していたことが、あの大洪水につながったことを中国政府は認めたのです。そして揚子江上流での木の伐採を一切禁止しました。その禁止する時の理由は、「伐ってしまった木よりも、立ったままの木の方が3倍の価値がある」ということでした。つまり、洪水を起さないように水を抑える「治水の価値」は、伐って木材にした時の価値よりも3倍あるということをいったわけです。これは大きな考え方のシフトだと思います。
元木 環境税を導入することにも触れていますが、少し説明してください。
ブラウン 例えば、石油を燃やすことによる大気汚染や酸性雨、気候変動のコストを計算すれば、非常に大きな数字が出てくると思います。そうした時に、税制を変えていく必要があると思います。個人や法人の所得税を下げる代りに環境を破壊するような活動に対する税を上げていくんです。
元木 どうも、日本政府は環境問題にあまり熱心ではない、リーダーシップを発揮していないようにわれわれ国民には見ているんですが、どう見てますか。
ブラウン 日本の農業者が高齢化していることに驚きました。国は何か対策を考えているのでしょうか。カロリー・ベースでの自給率は40%を下回り、飼料用も含めた穀物輸入率はほぼ70%にもなっています。私が農林水産大臣でしたら、自給率はこれ以上下げないでしょう。WTOのテーブルでも、国家安全保障の立場からも自給率を守る権利を主張すればいいのです。必要なのは、少しばかりの想像力とリーダーシップ、小額の追加投資だけです。
元木 サンキュー・ソー・マッチ。
3月26日
国立で、嵐山光三郎さん主催の「立川志らくの会」が開かれた。会場になった地元の名酒店「せきや」ビルの会場は満員札止め。
終わってから、近くに最近できたという「権八」で二次会。この店は、西麻布にあるデラックス居酒屋「権八」の国立店だ。
ジャズメンの中村誠一さんから、ニューヨーク在住のジャズ・ギタリスト伊東忍さんを紹介される。ギターはウエス・モンゴメリーばりで、作曲もする素晴らしい才能を持った人だという。今度、演奏会があったら、是非行きますと約束して、CDをいただいた。
家に帰って早速聞いたが、アコースティックじゃない、やわらかな旋律がとっても心地いい。彼の生演奏を聴くのが楽しみだ。
3月28日
帝国ホテルで開かれた故杉山博さんの「偲ぶ会」へ出る。杉山さんは講談社で文芸畑を歩いてきた人だ。その後、私のいる三推社の社長になったが、ガンに冒され、亡くなる10年間は、病院を出たり入ったりの生活が長かった。
多くの作家たちが参列してくれたが、の途中で、気分が悪くなったので、失礼して帰途につく。
3月29日
下井草の「珈琲館」で本田靖春さんの奥様とお話しする。本田さんの「我、拗ね者として生涯を閉ず」が、2万部を超えた。この手の本としては、素晴らしい売れ行きだ。
奥様は、「もし売れなかったら、講談社の皆さんに、どうお詫びしようかと思っていました」とおっしゃったが、いいものは売れるという見本のような本だ。
「実は」と、私は切り出した。「本田さんの書かれた本の中から、ジャーナリズムについて書かれたところを抜き出し、単行本にしたいのですが」。
本田さんは、それほど多作ではないが、素晴らしいノンフィクションを残している。その中に、本田靖春のジャーナリズム論が、そこここに、さりげなく書かれてある。
それに、生前、本田さんに某記者がインタビューしたテープも残っている。それらを集めて、「本田靖春のジャーナリズム論」としてまとめたいと思ったのだ。
奥様は「少し考えさせてください。元木さんが出したいというのなら、本田もいいといってくれるとは思いますが、今回の本で、本田の名前の本は最後にしようと思っていますので」
よろしくご検討くださいといってお別れした。比較的、お元気そうなので、安心した。
3月30日
外国人特派員協会に宮里藍ちゃんを見に行く。
小さいが可愛くて頭の良い子だ。「プレッシャーは感じたことはない」「日本は通過点」「メンタルトレーニングはやったことはないが、いつもポジティブに考える」「不動(裕理)さんは練習量が凄い。だから、私は不動さんより長く練習する」「私は英語が好きだから、外国に行くと、自分から話し変えたり、ハグするようにしている」「スコアメイクには小技が大事」などなど。
聞いていて、オレに足りないのは、メンタルコントロールだと、今更ながら、反省させられた
。
4月1日
桜いまだ咲かず。
集英社の敏腕編集者で、辞めて出版社「マサダ」を興した吉田健城さんと、しばらくぶりに合う。
落合信彦さんの本を中心に、一時は絶好調だった。私は、幻冬舎よりもいいのではないかと思っていたぐらいだった。しかし、数年前、億の借金をつくって倒産した。どうしているかと心配していたが、久しぶりに連絡があった。
相変わらずダンディで、多少やつれてはいるが、持ち前の企画力や行動力で、フリーの編集者としてやっているという。何もできないが、後ろ姿に「がんばれ」と声をかけた。 「日刊ゲンダイ」の二木さんたちと、第二回目の「おかしいぞ! 検察、警察、裁判官」シンポジウムの打ち合わせのために四谷へ行く。前回の2月14日は、エジプトへ行く日だったので出られなかったが、大変盛況だったと聞いている。それだけ、司法の反動化が心配な人が多くなっているということだ。次回は、マスメディアの問題を取り上げることで一致した。
ジャーナリストの亀井さんから、もう30年以上前に亡くなった斎藤龍鳳について、知っていることを話してくれと、インタビューされる。「何が粋かよ」は私の座右の書だ。「内外タイムス」が一番光り輝いていた時代の、花形記者で映画評論家。ヤクザ映画を語らせたら、斎藤ほど熱弁をふるう評論家はいなかった。寺山修司と双璧だったと思う。
ライターの松田賢弥氏と、ノンフィクション作家の長尾三郎さんの事務所の「花見の会」へ行く。
花はなくとも酒さえあればと、いい調子になって、松田氏と神楽坂へ。
4月3日
神楽坂の出版クラブで「憲法改正投票法案阻止」の会を開く。ノンフィクション作家の吉岡忍、吉田司さんや「創」の篠田さんたち30人以上が集まってくれた。
ほとんどの人が、この法案について知らないようなので、弁護士さんから説明を受け、これから、どうやって反対の意志を伝えていくか、各自、意見を出し合った。
終わってからも、一階のコーヒーショップの脇に集まって、侃々諤々。吉岡さんや吉田さんは、打ち合わせを兼ねて神楽坂でいっぱいやっていくというが、私は、そのまま家路に。
4月7日
立川談志師匠が「白斑症」というノドに白いカビのようなものができて困っているというので、知り合いの「週刊現代」の古参記者に、耳鼻咽喉の名医を紹介してもらった。
夕方、浜松町のビルにある医院へ顔を出すと、師匠は診察台に寝ていて、先生から説明を受けていた。
先生の診断も、先週、新宿の病院で受けた「生体検査」の結果も、ガン化する可能性はごくごく少ないとのこと。何でも納得しないとダメな師匠も、ようやく、迷いが吹っ切れたようだ。
実弟で、立川企画の社長の松岡由雄さんと一緒に、銀座の「宮」へ行って、よかったですねと「乾杯」。
食道ガンを手術してからは、確かに、声の出が悪く、つばが出ないので、薬を飲みながらの高座だが、以前に比して、芸の凄味が増してきている。
しかし、「今年は死ぬ死ぬ」といいながら、東奔西走、すごい仕事の量をこなしている。少し仕事を減らして、体に気をつけてくださいな、師匠。
4月15日
上智大学の「編集学」講義の初日。時間も教室も聞いていなかったので、「学事センター」で訪ねる。紀尾井坂館の107号だと教えられ、正門からかなり奥なので、開始3分前につく。 教室前に人だかり。まだ、前の授業が終わってないのだと思い、しばらく待つが、終わる様子がない。外にはみ出している学生に、ここは何の授業だと聞くと、編集学だという。私の授業ではないか。
教室に入ってみると、40人ぐらい入れる教室は溢れ、外にまだ相当な学生が入れないで待っている。こんなに来るとは思っていなかったので、困っていると、昨年教えた学生が覗いてくれたので、彼に、教室を変えてくれるように頼む。
別の教室へ移るもまだ入りきらず、結局、100人教室へ変わって、ようやく全員収容できた。
あまりの多さにぼー然とする。この学生たちに手取り足取り教えるというのは、一体どうすればいいのか。正直に、それを学生たちに話して、次回から、少し考えてくるからと、とりあえず、出版界の現状と問題点などについて話す。
こうした授業の場合、15人から20人ぐらいが適正人数だと思う。今回は、この時間をとろうかどうしようかという学生が多いそうだから、次回からは減るだろうが、それにしても、どうやって授業を進めていくか、考え直さなくては。
4月16日
田原総一朗さんと歓談。久しぶりにお会いするが、以前より、顔の艶もいいし、舌の回転は相変わらず、素晴らしい。
のっけから、「新聞というのは、池田内閣以来、すべて間違ってきている」と、凄いことをいう。これを検証したら面白いだろうな。
いまの中国の反日運動は、これ以上は悪くならないというご託宣。なぜなら、日中首脳は、マスコミが思っているほど悪くはないからだそうだ。
したがって、8月15日までの、靖国行きはない。靖国へ行くのは、秋だろうという。小泉首相は「憲法改正」はしない。彼がやりたいのは、国連の安保理の常任理事国入りだという。
憲法改正を自民党がやりたくても、民主党が反対する。なぜなら、民主党の存在理由がなくなってしまうから。民主党が政権を取ったときが、憲法改正はやれるかもしれない。自民党が賛成すればだ。しかし、これも、自民党が賛成することはないだろう。してみれば、憲法改正は、私の目の黒いうちにはないと、田原さんはいった。
これは面白い見方である。しかし、それで安心していると、何をしでかすかわからない危なさが、いまの政権政党にはある。油断は大敵、われわれ国民も、常在戦場である。
4月17日
立川企画の松岡由雄社長のクルマで、作家の丸茂ジュンさんと山梨県北杜市長坂町中丸2072にある、清春芸術村観桜会へ行く。ここは、銀座の「吉井画廊」がやっている清春白樺美術館があるのだ。
元学校だったところを美術館にしたそうだが、趣のあるアトリエがある宿泊施設や、ルオーや梅原龍三郎などの絵がゆっくり見られる館内は、素晴らしいが、もっと素晴らしいのは、ここからみる満開の桜と中央アルプスの景色である。
周囲はすべて桜。それも、満開。その桜の向こうに、雪をいただいたアルプスの山々がそびえ立つ。日向に出ると汗ばむ。11時近くについて、赤ワインをグラスでいただきながら、桜を愛でる。これ以上何を望かという絶景である。
昼から、立川志らくさんの落語を、満開の桜と、アルプス山脈をバックに、屋外で聞く。出し物は「子別れ」。志らくさんには悪いが、景色が良すぎて、さすがの名人芸も、桜吹雪に負けてしまう。
夕方、鄙びた蕎麦屋で酒を呑みながら、松岡社長に、「子別れ」も良かったが、あの満開の桜の下で、「長屋の花見」をやってほしかったなと話した。
これ以上ない桜の花の下で、長屋の花見がどう演じられ、聞く側が、どう感じるか。二度とないかもしれないシチュエーションだから、やってほしかったな。
4月19日
中国や韓国で「反日運動」がもの凄い勢いで広がっている。
武田泰淳の「上海の蛍」には、中国の作家陶晶孫がT氏という名前で出てくるそうだが、彼がこう言っている。
「日本は、やらずぶったくりだよ。くれたのは日本精神だけさ。米英人は、ギブアンドテイクだ」
「実話ナックルズ」の久田編集長の司会で、朝倉喬司さんと福田和也さんと鼎談。場所はゴールデン街の「しん亭」の3階。本田靖春さんのことから始まって、ノンフィクションの歴史から作法、日中関係まで、多岐にわたり、至極、私にとっては楽しい放談会になった。
4月20日
ノンフィクション作家の吉岡忍さん、吉田司さんらと、「国民投票法反対」の運動をどう進めるかの打ち合わせ。
8人の憂える志士たちが、様々な意見を出して、アッと驚く結論になった。
その詳細に関しては、近々、ここでも公開します。乞う、御期待。
4月21日
神楽坂の毘沙門天の中の「天書院」で、「志らく春の会」が開かれる。
出し物は、前半が「二十四孝」仲入後が「宿屋の富」。
「天書院」は落語をやるには最高の場所だが、一つだけ欠点がある。それは、真ん中に大きな柱が立っていることだ。その陰になると、演者の顔が見えないのだ。ちょうどその席に座ってしまったため、志らくさんの姿が見えないのだが、そのために、声だけで想像するのだが、昔のラジオ中継を聞いているみたいで、かえって面白く聞けた。
「宿屋の富」が秀逸。
4月22日
劇団四季の「自由」で「思い出を売る男」を見る。時代は終戦直後。サキソホンを吹いている若い男がいる。彼の仕事は、通りかかった人に、その人の思い出に残る曲をリクエストしてもらい、その音楽を聴きながら、その人が楽しかった頃を思い出してもらおうというもの。
亭主に死なれ、子どもと生き別れになってしまった女、アメリカに恋人を残してきた占領軍米兵、記憶をなくしたヤクザが吹く「巴里の空の下」など、あの、貧しく、楽しむもののなかった時代を思い起こさせてくれる。ラストが、少し尻切れトンボだったのが、やや不満。
4月23日
花田紀凱さんがやっている「マスコミの学校」で講義。その後、ノンフィクション作家の長尾三郎氏と懇談。
4月24日
版画家の山本容子さん主催の「東京競馬場で立川志らくの必勝馬券術を見る会」へ行く。 久しぶりの東京競馬場は快晴で、最高の競馬日和。
11時半、メモリアルホールの7階の「ローズ」の部屋へ。すでに、容子さん、岡部憲治さん、立川志らくさんたちは到着していて、東京・福島・京都の3レースを買っていた。 私は、上がってくる前に4レースを武豊の馬から「馬単」で流して当てていたので、容子さんの事務所のスタッフお手製の「料理」をいただきながら赤ワインを飲む。
目の前に広がる新緑と青空、それにうまい料理とワイン。馬券など買う気にならないが、今日はフランスから短期免許で来ているデザーモ騎手を狙うと決めている。この騎手、武豊や安勝より腕はいい。昨日も6鞍乗って4勝している。
「デザーモ」「蛯名」「後藤」と絶叫する。結果は8レースやって6勝2敗。当たった割りには儲けは少なかったが、最初に2000円出しただけで、後は競馬界のお金で楽しんだのだから、こんな愉快なことはない。
「志らく杯」と名付けた第10レース、難しいハンデレースだが、各人が1000円ずつ出して志らくさんに預け、彼が予想するというもの。難解なこのレースを見事的中させ、3万円のプラス。
京都競馬場では、三連単で100万円が飛び出し、一同呆然としたが、最終レースでなんと250万円が出現して、再び呆然。
終わってから、容子さん行きつけの「勇鮨」で歓談。
4月26日
プロ野球黒い霧事件で永久失格になった池永正明さんの処分が解除されるらしい。毎日新聞によれば、「プロ野球のオーナー会議が16日、東京都内のホテルで開かれ、八百長や野球賭博で永久失格になった元選手らの処分解除を認める野球協約改正を正式承認した。来月15日をめどに具体的な手続きを決め、申請を受け付ける。根来泰周コミッショナーは「社会常識から言って、(解除規定がないのは)問題がある」と改正理由を説明した。これによって、69年に発覚した野球賭博に絡む八百長疑惑「黒い霧事件」で永久失格処分を受けた元西鉄エースの池永正明さん(58)らの処分解除への道が正式に開かれることになった」
私がこの仕事に入る直前に起こった事件だった。巨人大好き、長嶋大好きだった野球青年は、西鉄はともかく(失礼)巨人のONまでが暴力団との交際や銀座のバーの女を取り合ったなどという「醜聞」には、驚き呆れるしかなかった。
先輩たちからこう聞いた。プロ野球の選手だって芸能人と同じ。タニマチに頼まれれば、嫌とはいえない。それにONは結構女好きで、銀座では浮き名を流しているんだ。
いまよりもっと純真無垢だった私には、到底信じるわけにはいかないスキャンダルだったが、先輩やベテラン記者たちに寄生虫のように張り付いて、関係者から話を聞くうちに、「球界の紳士たれ」という巨人の選手でも、同じ人間なんだということが、朧ながらわかってきた。また、それを知っていて書かない、書けない野球担当の新聞記者たちの不甲斐なさも知っていった。スポーツマスコミにジャーナリズムがないのは、いまも変わらない。
不世出の大投手・池永の八百長事件は「報知新聞」がスクープしたため、当時、一部のマスコミでは、『陰謀説』が囁かれていたようだ。作家の佐野洋氏は「現代」の1970年6月号でこう推理している。「読売が北九州で部数を伸ばすため、地元紙西日本新聞系の西鉄を叩こうとしたものだ、またジャイアンツはかねて九州地方を準フランチャイズにしたいとの希望をもっていたため、八百長事件で西鉄球団を揺さぶり、場合によっては合併しようとしたのではないか。そして、これはセ・リーグの商売仇であるパ・リーグのマイナー・リーグ化にも役立つ」
真偽はともかく、池永がそのまま投手を続けていたら、どれだけの勝ち星を挙げていただろう。ゴルフのジャンボ尾崎は、投手で西鉄に入団したが、池永を見て、この男がいては到底勝てないと思って、野球をあきらめ、ゴルフへの道を選択した。
それほどの男の「不運」を、追放以来辿ってきた人生に思いをいたすとき、目頭が熱くなる。
夜、パレスホテルで開かれた「共同PR」のジャスダック上場記念のパーティに出席する。1200人の人人人で身動きがとれないほどだ。
珍しい人にあった。電通の雑誌局次長だった鳥居達彦氏だ。最近結婚した外科医だという奥様も一緒だった。鳥居氏は、一昨年、電通を辞めて武富士会長のたっての頼みで武富士へ移ったが、例の騒動で、辞めてしまって以来、会っていなかった。
近々、再会を約して立川談志さん、山藤章二さん、吉川潮さん、立川志らくさんの座談会とサイン会をやっている新宿の「紀伊國屋ホール」へ。
ここで、立川談志さんの小咄を一つ。「ロシアン・ルーレットならぬアフリカン・ルーレット」
「ロシアンルーレットって、映画の「ディア・ハンター 」でクリストファー・ウオーケンが、拳銃の中に一発だけ弾を込めて、一人ずつこめかみに当てて撃っていくやつがありますな。
すると、横にいたやつが、うちにもあるんですよ。「お前さんはどこの人だい?」「アブリカなんですよ、アフリカン・ルーレット」
「へー、どうやるんだい?」「やり方は同じなんですが、うちは美女を使うんです。いいえね、真ん中に男が立って、周りを六人の美女が取り囲むんです。それで、一人の美女の前に立つと、その女が口でサービスしてくれるんですよ。(尺八を吹くようなかっこをする)」「それじゃ、なんでアフリカン・ルーレットっていうんだい?」
「いや、なにね、その中に一人、人食い人種の女がいるんですよ」
4月27日
大正大学の今年初めての講義。
4月28日
神楽坂で、「国民投票法」絶対阻止の呑み会。吉田司、吉岡忍、日名子暁、森達也など8人が、名案、珍案を酔いに任せて侃々諤々。
今回は、前回の「個人情報保護法案反対」のように、表現や言論の自由を旗印にするのではなく、沖縄、韓国、中国はもちろん、アメリカやドイツまで引き込んだ、グローバルな運動をしていこうということが大筋で決まった。
4月30日
川原経営総合センター代表の川原邦彦さんが亡くなった。享年66歳。早すぎる死だった。
弁舌さわやかで、とっても明るい人だった。呑むことが好きで、昔はちょくちょくお相手させていただいた。川原さんは、病院経営のコンサルタントとしては草分けで、講演のために全国を飛び回っていた。バブルが弾け、「病院経営も苦しくなってきてね」と、内情を話して聞かせてくれる得難い人だった。
ニコニコして、「モッチャン」と大きな声で呼んでくれた人が、また一人いなくなってしまった。寂しい。
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